2011
11/23
00:00
君色メロディ。 〜白薔薇姫の叶わない恋のお話 第26話『夢と恋と友情と…』〜
Category : ★君色メロディ。 白薔薇姫の叶わない恋のお話。(完結)
ピンポンパンポーン……
リズミカルなその音ははば学の昼休みに流れる校内放送の前置き。
これから何を言われるのか…私にはわかっている。
だけど…今、とても胸がドキドキしていた。
『全校生徒の皆様、こんにちは!本日は皆様に素晴らしいニュースをお届けします。本年度6代目ローズクイーンに選ばれた三年生の篠原絵美さんが…』
ざわっ…そう音を立てるように、教室中の視線が私に注がれる。
今…ここにいない設楽くんは秋月さんの教室にいるだろう。
…彼はもしここにいたら、私に視線を向けてくれたかしら?
『はばたき文庫の主催する、はばたき文学賞、純文学部門の新人賞を受賞されました!』
「えぇえええええ!?ちょ、ちょっと絵美!?どういうこと!?」
「篠原さん、すっごーい!!!」
「マジかよ!?」
教室にいたクラスメイト達が一斉に私を取り囲む。
私はびっくりして、うまく…言葉が出てこない。
「絵美!…な、なんかよくわかんないけど…あの、お…おめでとう!!」
「……うん、ありがとう。メグ」
東堂くん。
私…やったよ。
小説家になるっていう私の夢……その最初の一歩を踏み出したの。
「でも、知らなかったな。絵美、小説なんか書いてたんだ」
「…黙っててごめんなさい」
「何言ってんの!すごいよ!絵美!!絵美は…あたしの誇りだよ!!」
ねぇ、設楽くん。
今の放送…聞いてくれましたか?
あなたの耳に…届きましたか?
私の名前聞こえましたか?
もし、聞こえていたら…それがクラスメイトの一人だって、わかってもらえましたか?
あなたが何か言ってくれるわけ、ないのに。
それなのに…やっぱり、少しだけ期待してしまってる。
…馬鹿ね、私。
『篠原さんの受賞作品『恋つぼみ』は来年の三月一日に書籍化されることが予定されています!また篠原さんは当校のOB藍沢秋吾さんと同じく純文学小説雑誌はばたきにて連載も始められるとのことで、ますます目が離せません!!』
・
・
・
「絵美さん、ホントにすごいです!!尊敬しちゃいます!!」
「ありがとう。ゆずるちゃん」
「でも知りませんでした。絵美さんが小説を書いてらっしゃったなんて…」
「…私も、東堂くん以外には言ったことなかったから」
「……東堂先輩、ですか?」
「えぇ」
ゆずるちゃんがじっと私を見上げる。
何か思案顔だ。
やがて小さく首を傾げた彼女は小さく口を開いた。
「あの…絵美さん」
「なぁに?」
「東堂先輩のことなんですけど…」
「やぁ、ここにいたんだね。篠原くん」
「え?」
「あ…」
呼び声に振り返るとそこには天之橋理事長の姿があった。
私とゆずるちゃんは慌てて頭を下げる。
「話している最中にすまないね。少しいいだろうか?」
「…あ、わ、私もう行きますね。絵美さん、また」
「え、えぇ…ごめんなさい、ゆずるちゃん」
ゆずるちゃんはもう一度大きく頭を下げるとパタパタと図書室を出て行った。
天之橋理事長はそれを見送った後、私を見て柔らかく微笑んだ。
「あの…?」
「雑誌で君の作品が連載されることになったそうだね。おめでとう」
「あ…ありがとうございます」
「連載が始まるのは…」
「卒業後です。大学受験がまだ控えていますので」
「そうか…いや、君はとても評判の生徒だからね。色々と大変なこともあるだろうけれど、頑張ってほしい」
「はい」
「君の作品が…いずれこの図書室にも並ぶことになるんだろうね」
「…」
もう少し…もう少し早く私の作品がここに並ぶようなことがあったら……
「あ、聖司先輩!ほらこれ!」
「へぇ…」
設楽くんにも…読んでもらうこと、できたかしら。
そんなことを考えて、胸がズキリと音を立てて痛む。
仲よく並んで一つの本を覗き込むあの二人の姿に…私はどうしようもなく嫉妬している。
「…可愛らしいカップルだね」
「え?」
「……この学園に彼…設楽くんが入学してくると聞いた時は驚いた。音大付属中でそのままエスカレーター式に高等部に入学出来るからね」
「…どうして、彼は」
「詳しくは知らないが…入学前の面接で彼はこう言っていたよ。『もうピアノを弾く意味がなくなった』とね」
…ピアノを弾く、意味?
「……その彼が、今は一流音大を目指している。きっと…見つけたんだろうね、ピアノを弾く意味を」
はば学に入学して一年…どんな女の子も設楽くんを振り向かせることはできなかった。
…そう、誰も。
それなのに…秋月さんはあっという間に彼の中に飛び込んで、誰の目から見ても彼の中で特別になっていた。
たった数日。
たった数週間。
たった数ヶ月。
……そうやって時間を重ねるごとに、彼女は設楽くんの特別で一番大切で……ピアノを弾く意味になったんだ。
「そうですね。きっと…そうですね」
私は誰かの意味になれるかしら。
私は…私が小説を書く意味を、何か見出せるかしら。
「あ、これ犯人知ってるぞ。館の使用人の…」
「わ、わっ!!わわわっ!!言っちゃダメです!!!絶対ダメですっ!!」
王子様はお姫様を見つけて…幸せになった。
これから…二人はもっともっと幸せになる。
「……君は何故小説を書こうと思ったのかな?」
「…最初はただ自分も物語が好きだったからです。でも…いつの間にかそうじゃなくなっていました」
「ほう」
「……自分の気持ちを全部、吐き出してしまいたかったんだと思います。辛いこと、苦しいこと…悲しいこと」
好きな人へ伝えたいこと、全部物語の中に閉じ込めた。
「楽しいことも嬉しいことも全部物語にして、消化したかったんです」
「…なら、君の本当の物語はまだ始まっていないのかな」
「え?」
「……誰かに重ねるんじゃなく、君だけの物語だよ」
私だけの…?
天之橋理事長はそう言うと私にお薦めの書籍はあるかな?と言って、それを借りて出て行かれた。
「絵美!今の理事長じゃんか!どうしたの!?」
「…ちょっとね」
「うわー理事長自ら声かけに来るなんて…絵美ってばすごい」
「そんなんじゃないのよ」
チラリと視線を移せば、設楽くんと秋月さんは二人でノートを広げていた。
どうやら来週から始まるテストに向けての勉強会みたい。
設楽くんはすでにノートをペン先で叩いているから、もう心ここにあらずって感じだけれど。
「で……相変わらずだね。あの二人は」
「ふふっ、そうね」
「…あのさ、絵美」
「なぁに?」
メグは設楽くんと秋月さんを一瞥してから、カウンターに手をかける。
そして、じっと私を見つめた。
「……ローズクイーンのこともそうだけどさ、今回のこともいいアピールになったと思うんだよね」
「…え?」
「その…さ、言っちゃいなよ。好きって」
「……どうして?」
「あたし、教室で設楽くんと紺野くんが話してるの聞いちゃったんだ。あの二人…まだ付き合ってるわけじゃないんだよ?」
…それは私も知っていた。
はば学のカップルなら誰もがやっているネクタイとリボンの交換をしているのに…あの二人は未だに付き合ってないということ。
設楽くんと秋月さんは周りの誰もがどうして付き合ってないんだろうって思うくらい、想いあっているのに…まだ先に進もうとしない。
「そうね」
「そうねって…絵美、それでいいの?」
「もういいの…玉砕するの、わかりきってるじゃない」
「そんなの…わかんないじゃんか。絵美くらい美人で完璧なら設楽くんだって…」
やめて。
「そういうの…もうやめて、メグ」
「え…」
「私は…もうこのままでいいの。せめて…卒業までに彼に名前を覚えてもらえたらって思ってたけど…」
きっと、それも叶わない。
「そうやって…私に全部押し付けるのはやめて!私は…っ」
だって…怖いから。
叶わないのがわかってて、それでも勇気を出せるほど私は強くない。
「私はメグが実現できないこと、実現するためにいるわけじゃない!」
…言ってはいけないことを言ってしまった。
そう気付いた瞬間…メグはとても傷ついた目をしていた。
「…なに、それ」
「……あ」
それは聞いたこともないくらい震えて、低い…メグの声。
驚いて顔を上げればメグは下唇を噛み締めて、じっと私を睨んでいた。
…メグ?
「…絵美はそんなふうに、思ってたんだ」
「…あの、ご…ごめんなさい、メグ。私…っ」
「名前を覚えてもらえたらって言うけど、絵美は何にもしてないじゃんか」
「……っ」
「ローズクイーンになったって、何もできない。せっかく夢を掴んでも…それで何か変わったわけでもない。絵美は…何でもできるのに、何だって持ってるのにどうしてそんなに意気地なしなの?」
「…め、ぐ…」
痛い。
メグの言葉がとても痛かった。
だって、どうしようもないじゃない。
私は…今更そんなに大きくは変われない。
設楽くんに好きって伝えたところで…それを受け入れてもらえるわけない。
そんなことは…彼をずっと見つめてきた自分が一番よくわかっている。
設楽くんは秋月さんのこと、本当に愛してる。
誰よりも何よりも大切にしている。
彼の生きる意味になってる。
それを…今更私なんかが覆せるわけない。
「絵美は…ほんとに好きなの?あいつのこと」
「……え?」
「…あたしの方が」
「……っ」
「あたしの方が、あいつのこと好きだよ!絵美なんかより、ずっとずっと…ずっと好き!!!」
それはずっと気付いていたことだった。
だけど、気付きたくなかった。
だってそうでしょう?
彼女も私と同じ想いで…ずっと王子様とお姫様を辛い気持ちで見つめてた。
……そう、ずっと。
「……メグ」
「……っ」
図書室に響いたメグの声。
何事かとみんながこっちを振り向いた。
もちろん…あの二人も。
「…あたし、帰る」
「あ…メグ!!」
バタバタと音をたてて、メグは図書室を出て行った。
ざわめく図書室。
みんな…一体何事かと目を丸くしている。
「…行くぞ、桜」
「あ…待って!聖司先輩!!」
設楽くんはうるさくなってしまった図書室から逃げるように出ていく。
きっと、この雰囲気に乗じて勉強会を中断しようとしたんだろう。
出ていく寸前、設楽くんの香水が僅かに私の鼻先をくすぐった。
その、上品で少しだけ甘い…優しい香り。
追いかけてきた秋月さんの為に設楽くんは扉を開けて、彼女をエスコートして出ていく。
当然のように繋がれた…二人の手。
涙が…出る。
でも、それはどうして?
『泣かないで、篠原先輩』
何故か、あの日の東堂くんの声が耳に届いた。
「……っ」
涙が止まらない理由はメグ?それとも設楽くんと秋月さん?
わからない。
だけど…
「……私は、どうしたいの?」
そう問いかけても誰も答えてくれなかった―――――…
・
・
・
「あー!!やべえ!!さっきの数学ヤマ外れた〜〜〜〜!!」
「ヤマなんか張るもんじゃないぞ、鈴木」
「だってよぉ…」
「設楽、どうだった?」
「…え?」
とうとうテスト期間が始まった。
今日は化学と数学。
どちらも割といい出来だったと思う。
「お、めずらしい!設楽がテスト終わったのに勉強してる!!!」
「こりゃ明日は槍が降るな…」
「ああもう、うるさいな…なんだっていいだろ」
テストが終わると設楽くんはすぐに明日の教科の勉強を始めた。
こんなことは三年間同じクラスだった私も初めて見た。
なにかあったのかしら。
「この間の勉強会でも頑張ってたもんな、秋月さんも感心してたぞ」
「え!なになに!?設楽と紺野と桜ちゃんで勉強会してたの!?」
「…桜ちゃんって言うな」
「いいじゃんか、ヤキモチやくなって」
「そんなんじゃない!バカ!」
そんな微笑ましいやりとりを見ながら、私はそっと視線をメグに移す。
メグとは…先週のあの日以来ずっと話していない。
話しかけても、挨拶をしても無視されてしまって…私はそれ以来彼女と口をきいていなかった。
「やだー、それマジ!?」
「あはは、マジマジ!!」
「ね、テスト終わったらさ。みんなでカラオケ行こうよ!」
「さんせーい!」
…もともと明るくて友達も多いメグ。
わざわざ私と一緒にいなくても、彼女の周りには人が集まる。
……わかっていても、胸が痛んだ。
「お、なになに!?女子で遊びに行く計画?」
「そ、テスト終わったらみんなでカラオケ行くんだ」
「マジ?俺も混ぜて!」
「えーどうしようかな〜」
「いいじゃーん!もうじき卒業なんだし、クラスの親睦深めようぜ!」
「うーん…」
ノリのいい鈴木くんがメグ達女子の集団に入っていく。
するとメグが何か思いついたような顔をした。
「いいよ」
「やった!」
「え、メグいいの?」
「そのかわり…設楽くんと紺野くんも呼んでね!」
「げっ、マジ?」
「やだーそれいい!!」
「さっすがメグ!!!」
…メグ。
「うーん。紺野はともかく設楽は無理じゃね?」
「やる前から無理って言うな!」
「そーだそーだ〜!」
「ぐ、わかったよ。待ってろ…おーい!紺野!設楽!」
鈴木くんが設楽くん達に声をかける。
すると彼らは一斉にそちらを向いた。
メグが少し緊張した面持ちでそれを見守ってる。
「どうした?」
「なんだよ…大声で呼ぶな」
「テスト終わったらさ、みんなでカラオケ行かない?」
「はぁ?」
「えっ…」
「頼む!俺を男にしてください!!」
「嫌だ」
「そこをなんとか〜〜〜〜!!」
設楽くんは有無を言わさない。
紺野くんは渋々引き受けたみたいだった。
だけど…
「嫌だって言ってるだろ」
「いいじゃーん、楽しいぞ?絶対」
「楽しくない。楽しいわけがない」
設楽くんは頑なだった。
秋月さんがいるわけでもないのに設楽くんがあの集まりに参加することはないだろう。
わかりきってるとはいえ、私はその成り行きを見守る。
「なぁんだ。設楽くんってば、カラオケ苦手なんだ?」
「え…」
するとまるで挑発するみたいにメグが口を開いた。
突然のことに設楽くんを始め、全員がポカンとした表情でメグを見る。
「だってそんなに嫌がるんだもん。歌下手なんでしょ、苦手なんでしょ」
「…苦手って言ったか?言ってないよ、歌いたくないだけだ」
「だから、歌が下手だから歌いたくないんでしょ」
「歌いたくないだけだろ!聴いたこともないくせに勝手に決め付けるな」
「なによ!」
「なんだ」
けんか腰のメグと設楽くんを見て、きっと全員がハラハラしていたと思う。
だけど…私にはわかる。
…メグは今、すごく喜んでる。
大好きな設楽くんと話せること、会話していることに。
「………ふん!不愉快だ。俺は絶対に行かないからな!」
設楽くんはそう言うとどすどすと音をたてて自分の席に戻っていった。
メグは一瞬残念そうな顔をしたけれど、すぐにみんなに『ごめ〜ん』と言って場を盛り上げる。
…ねぇ、メグ。
それがあなたなりのアプローチ?
あなたなりに……彼の記憶に残ろうとしてるの?
「しゃーない、設楽くんがいなくても許してあげる!」
「よーし、んじゃ葛城と佐藤も呼んでいい?」
「いいよ」
「あ、んじゃさんじゃさ!!篠原も呼んでよ!おーい、篠原」
「え…?」
突然鈴木くんが私に声をかける。
私はびっくりして、呼んでいる本を慌てて閉じた。
「篠原もさ、一緒に…」
「鈴木!!」
「…な、なんだよ」
「……あの子はそういうとこ好きじゃないし、忙しいから無理だよ。無理に誘ったりしないで」
「あ、そ、そうなの?ごめんな、篠原!気にしないで」
「………え、えぇ…ごめんなさい」
少し不穏な空気がその場に流れる。
メグは…きっと私のことを許してはくれない。
……じりじりと痛む胸を抑えながら、私は設楽くんからもらった白蝶貝のブックマーカーを見て心を落ち着ける。
痛い…
胸はとてつもなく痛かった―――――…
「聖司先輩!」
「桜…」
テストが終わって、とうとう結果発表。
掲示板に順位表が貼られるのを待っていると秋月さんが駆けてきた。
「なんで来た」
「だって…赤点がないか確認しないと」
「見るな、いや見ないでくれ。帰れ」
「えー!だってズルするかもしれないじゃないですか!」
「しない」
「もう…」
秋月さんが不満そうに頬を膨らませる。
設楽くんはそんな彼女を見て、少し首を傾げる。
「なぁ…おまえ」
「設楽、秋月さん」
「あ、紺野先輩!こんにちは」
「テスト結果見に来たの?」
「はい!」
「俺は帰れと言ってるんだ」
「…だって、赤点がないか確認しないと」
「赤点がないと…何?」
設楽くんがしまったという顔をして慌てて会話を遮断しようとする。
「いや、別に何も…」
「聖司先輩のテストに赤点がなかったら、ご褒美になんでもひとつお願いを聞いてあげる約束なんです」
「へぇ〜…」
……紺野くんがにやりと笑う。
そうだったんだ。
だから設楽くん…ここのところ、ずっと……。
「どうりでここのところテストが終わっても、がむしゃらに勉強してたわけだ」
「う…うるさい!」
「へぇ〜!聖司先輩、頑張ってたんですね!」
「…別に」
設楽くんが耳まで赤くして、秋月さんから目を逸らす。
嬉しそうに微笑む秋月さんと照れる設楽くんを見て紺野くんも嬉しそうだった。
…紺野くんはとても喜んでる。
設楽くんの変化を。
…本当なら、私も心から喜びたいのに。
彼を好きだという気持ちがそれを邪魔している。
「いいから!おまえはもう戻れ!!」
「秋月さん、結果は僕が見届けるから」
「…わかりました。じゃあ聖司先輩、また後でね?」
「あぁ…」
彼女が去った後すぐに掲示板に順位表が貼り出された。
その結果は…
「紺野」
「何?」
「これは夢か?」
「…残念ながら現実だよ」
そんな会話を私は設楽くんと紺野くんのすぐ後ろで聞いていた。
二人はその結果を見て素直に驚いている。
だって…設楽くんの順位が前回のテストよりも格段に上がっていたから。
「愛の力だな」
「な、ば…バカ!!」
ズキズキと胸が痛んだ。
設楽くんは…一体秋月さんに何をお願いするんだろう。
どんなご褒美をもらうのかしらって。
「設楽初めてじゃないの?一つも赤点ないなんて」
「…ギリギリだけどな」
「で?なんでも聞いてもらえるらしいけど。設楽、何する気?」
「……べ、別に不埒なことなんかしないぞ」
「何も言ってないだろ」
「う、うるさい」
紺野くんは一位。
私は……三位だった。
苦手だって芸術の分野も今回は頑張ったから…この結果は素直に嬉しかった。
少しずつ…本当に少しずつだけれど、私だって変われる。
ううん、変わらなきゃ。
ねぇ、メグ。
『名前を覚えてもらえたらって言うけど、絵美は何にもしてないじゃんか』
私だって、頑張らなきゃダメだよね。
私は大きく息を吸い込んだ。
変わりたい。
変わらなきゃ。
ううん…変わる。
「お、おめでとう。設楽くん。すごいわね」
「え?」
やっぱり…震えた声だった。
弱々しくて、震えてて…か細い。
まるで怯えたような声。
それでも…私は精一杯振り絞った声だった。
設楽くんも紺野くんも私が声をかけたことをびっくりしているようだった。
怪訝な顔をした設楽くんはめんどくさいという表情で私を見る。
「どうも」
「篠原さんだってすごいじゃないか。また順位を上げたね」
「ありがとう、でもやっぱり紺野くんには敵わないな」
紺野くんが言葉をくれなかったら、きっと会話にもならなかっただろう。
ううん。これだって会話じゃない。
……設楽くんは小さくため息をつくとくるりと背を向け歩き出した。
「あれ、設楽?どこ行くの?」
「桜のとこ。順位見てきてやる」
どうしよう。
やっと声をかけることができたのに…それなのに……
やっぱり彼の目には私は映らない。
三年間…ずっと同じクラスにいた。
近くにいることができたはずなのに……こんなにも遠い。
「あ…設楽くん…!」
そう思ったら思わず声が出ていた。
そして、彼は面倒そうだったけど振り返ってくれた。
その吊り上がり気味の双眸にこの瞬間は…私の姿が映っているんだ。
そう思ったら……とてもとても苦しくなった。
「なんだ?」
だけど、その瞳は秋月さんを映すものとは全然違っていて…
「…う、ううん。なんでもない。ごめんなさい」
咄嗟に謝ってしまった。
それ以上…私は何も言えなくて、ただ去っていく彼の背中を見つめる。
「……篠原さん?」
「あ…な、なぁに?紺野くん」
「…あ、いや。なんでもないよ」
きっと、紺野くんは私の気持ちに気付いただろう。
ううん、とっくに気付いていたかもしれない。
「もうすぐ卒業か…」
「…そうね」
「篠原さんはどうだった?三年間」
「……どうって?」
「やり残したこと、とか…」
掲示板に貼りだされた成績表を見つめて、私は思い返す。
むしろやり残していないことを探す方が難しい三年間だったかもしれない。
…私の場合は。
「…いっぱいあるかな」
「そうか…」
紺野くんはそれ以上何も言わなかった。
私も何も言えなくて…
私は紺野くんはなんだか自分に似ていると思っていた。
だけど…それはたぶん違ったんだと思う。
きっと紺野くんは…後悔しないように毎日みんなの為に頑張っていた人だから。
「紺野くんはすごいわ」
「え?」
「……私もあと少し、頑張ろうかな」
何を、とは言わない。
「おーい!紺野!行くぞ、カラオケ!」
「え?あ…わかった!今行く!!……篠原さんは行かないの?」
「えぇ。この後、編集さんと打ち合わせがあるから」
「そっか…小説、出たら絶対に読むよ」
「ありがとう。それじゃ」
「うん。またね」
紺野くんと別れて…私は教室に向かう。
今頃向こうの校舎では設楽くんと秋月さんが一緒に過ごしている。
ねぇ、東堂くん。
私ね…今日少しだけ勇気を出したの。
…頑張ってみたのよ。
彼には…煙たがられちゃったけど。
「…急がなくちゃ」
教室で帰り支度をして、私は待ち合わせ場所へと急いだ。
・
・
・
私の担当になってくれるという人とは藍沢先生と何度か来た喫茶店で落ちあうことになっている。
私は足早に店へ向かった。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ…いえ、あの。待ち合わせで…」
「篠原先生」
「あ…」
私が店内に入ると、それに気付いて立ち上がった人がいた。
涼しげな目元、かっちりとしたスーツ姿に洗練された身のこなし。
…この人は藍沢先生の………?
「時間どおりですね。さ、どうぞこちらへ」
「は、はい…」
テーブルについて私はホットコーヒーを頼んだ。
この店自慢のブレンドコーヒー…藍沢先生のお薦めだった。
「先日は電話で失礼いたしました。正式に篠原先生の担当をさせていただくことになりました。小野原と申します」
「…は、はい」
東堂くんに会いたいと本屋さんで泣いてしまったあの日…私の携帯にかかってきた一通の電話。
それは私の小説がはばたき文学賞を受賞したという知らせだった。
…この人が、電話をくれた人だったんだわ。
「授賞式では仕事で参加できませんでしたので…改めてご挨拶をしたかったのですが、先生はまだ学生でいらっしゃいますものね。こんなお時間にすみませんでした」
「いえ。わざわざありがとうございます」
「連載作品のプロット…読ませていただきました。まだ荒いところもありますけれど、先生の書きたいものはわかりました」
「……はい」
「その件については来週編集部で決定したことを元にすすめていただくとして…」
てきぱきと仕事をこなす小野原さんはとてもカッコよかった。
仕事のできる女性…彼女の第一印象通りだった。
温かいコーヒーを少しだけ冷まして、私は一口飲む。
私の物語を読んで…それを導いてくれたのは、いつも彼だった。
『君が夢を実現することをそいつも望んでるんじゃないか?』
東堂くん…私達の小説が、賞を取ったのよ。
夢の実現…あなたが応援してくれたように…ようやくその一歩を踏み出したの。
でも、あれは私だけの作品じゃない。
私達の作品…そうでしょう?
「書籍化する『恋つぼみ』のことですが…表紙案がいくつかありますので、先生にも選んでいただきたくてお持ちしました」
「ありがとうございます」
差し出されたいくつかの表紙案。
彼なら…どれがいいって言ってくれるかしら。
あなたにお礼を言えるチャンスだった。
それなのに…私からあなたにメールすることができなくて。
数日経ってから、ようやく返信したメール。
だけど…それは届かなかった。
あなたはメールアドレスも電話番号も、変えてしまったから。
私が勇気を出さなかったばっかりに…あの文化祭のメールを最後にあなたとの繋がりを失くしてしまった。
このままじゃ…ダメ。
設楽くんのことも、東堂くんのことも…私なりにけじめをつけなきゃ。
「それから…あとがきを書いていただけなければなりませんので、こちらも…」
「あの!」
「はい?」
『先輩の小説を書店で見かける日を楽しみにしています』
きっと…この方法しかない。
あなたに私が伝えたいことを伝えるには―――――-…
「……あのお話の…エピローグを、書かせてもらえませんか」
もう、この方法しかない。
・
・
・
次回は冬休み突入!クリスマス辺りと新学期です\(^o^)/
終わりが近づいてきたなあ…
一応30話完結予定です。
津波☆彡
リズミカルなその音ははば学の昼休みに流れる校内放送の前置き。
これから何を言われるのか…私にはわかっている。
だけど…今、とても胸がドキドキしていた。
『全校生徒の皆様、こんにちは!本日は皆様に素晴らしいニュースをお届けします。本年度6代目ローズクイーンに選ばれた三年生の篠原絵美さんが…』
ざわっ…そう音を立てるように、教室中の視線が私に注がれる。
今…ここにいない設楽くんは秋月さんの教室にいるだろう。
…彼はもしここにいたら、私に視線を向けてくれたかしら?
『はばたき文庫の主催する、はばたき文学賞、純文学部門の新人賞を受賞されました!』
「えぇえええええ!?ちょ、ちょっと絵美!?どういうこと!?」
「篠原さん、すっごーい!!!」
「マジかよ!?」
教室にいたクラスメイト達が一斉に私を取り囲む。
私はびっくりして、うまく…言葉が出てこない。
「絵美!…な、なんかよくわかんないけど…あの、お…おめでとう!!」
「……うん、ありがとう。メグ」
東堂くん。
私…やったよ。
小説家になるっていう私の夢……その最初の一歩を踏み出したの。
「でも、知らなかったな。絵美、小説なんか書いてたんだ」
「…黙っててごめんなさい」
「何言ってんの!すごいよ!絵美!!絵美は…あたしの誇りだよ!!」
ねぇ、設楽くん。
今の放送…聞いてくれましたか?
あなたの耳に…届きましたか?
私の名前聞こえましたか?
もし、聞こえていたら…それがクラスメイトの一人だって、わかってもらえましたか?
あなたが何か言ってくれるわけ、ないのに。
それなのに…やっぱり、少しだけ期待してしまってる。
…馬鹿ね、私。
『篠原さんの受賞作品『恋つぼみ』は来年の三月一日に書籍化されることが予定されています!また篠原さんは当校のOB藍沢秋吾さんと同じく純文学小説雑誌はばたきにて連載も始められるとのことで、ますます目が離せません!!』
・
・
・
「絵美さん、ホントにすごいです!!尊敬しちゃいます!!」
「ありがとう。ゆずるちゃん」
「でも知りませんでした。絵美さんが小説を書いてらっしゃったなんて…」
「…私も、東堂くん以外には言ったことなかったから」
「……東堂先輩、ですか?」
「えぇ」
ゆずるちゃんがじっと私を見上げる。
何か思案顔だ。
やがて小さく首を傾げた彼女は小さく口を開いた。
「あの…絵美さん」
「なぁに?」
「東堂先輩のことなんですけど…」
「やぁ、ここにいたんだね。篠原くん」
「え?」
「あ…」
呼び声に振り返るとそこには天之橋理事長の姿があった。
私とゆずるちゃんは慌てて頭を下げる。
「話している最中にすまないね。少しいいだろうか?」
「…あ、わ、私もう行きますね。絵美さん、また」
「え、えぇ…ごめんなさい、ゆずるちゃん」
ゆずるちゃんはもう一度大きく頭を下げるとパタパタと図書室を出て行った。
天之橋理事長はそれを見送った後、私を見て柔らかく微笑んだ。
「あの…?」
「雑誌で君の作品が連載されることになったそうだね。おめでとう」
「あ…ありがとうございます」
「連載が始まるのは…」
「卒業後です。大学受験がまだ控えていますので」
「そうか…いや、君はとても評判の生徒だからね。色々と大変なこともあるだろうけれど、頑張ってほしい」
「はい」
「君の作品が…いずれこの図書室にも並ぶことになるんだろうね」
「…」
もう少し…もう少し早く私の作品がここに並ぶようなことがあったら……
「あ、聖司先輩!ほらこれ!」
「へぇ…」
設楽くんにも…読んでもらうこと、できたかしら。
そんなことを考えて、胸がズキリと音を立てて痛む。
仲よく並んで一つの本を覗き込むあの二人の姿に…私はどうしようもなく嫉妬している。
「…可愛らしいカップルだね」
「え?」
「……この学園に彼…設楽くんが入学してくると聞いた時は驚いた。音大付属中でそのままエスカレーター式に高等部に入学出来るからね」
「…どうして、彼は」
「詳しくは知らないが…入学前の面接で彼はこう言っていたよ。『もうピアノを弾く意味がなくなった』とね」
…ピアノを弾く、意味?
「……その彼が、今は一流音大を目指している。きっと…見つけたんだろうね、ピアノを弾く意味を」
はば学に入学して一年…どんな女の子も設楽くんを振り向かせることはできなかった。
…そう、誰も。
それなのに…秋月さんはあっという間に彼の中に飛び込んで、誰の目から見ても彼の中で特別になっていた。
たった数日。
たった数週間。
たった数ヶ月。
……そうやって時間を重ねるごとに、彼女は設楽くんの特別で一番大切で……ピアノを弾く意味になったんだ。
「そうですね。きっと…そうですね」
私は誰かの意味になれるかしら。
私は…私が小説を書く意味を、何か見出せるかしら。
「あ、これ犯人知ってるぞ。館の使用人の…」
「わ、わっ!!わわわっ!!言っちゃダメです!!!絶対ダメですっ!!」
王子様はお姫様を見つけて…幸せになった。
これから…二人はもっともっと幸せになる。
「……君は何故小説を書こうと思ったのかな?」
「…最初はただ自分も物語が好きだったからです。でも…いつの間にかそうじゃなくなっていました」
「ほう」
「……自分の気持ちを全部、吐き出してしまいたかったんだと思います。辛いこと、苦しいこと…悲しいこと」
好きな人へ伝えたいこと、全部物語の中に閉じ込めた。
「楽しいことも嬉しいことも全部物語にして、消化したかったんです」
「…なら、君の本当の物語はまだ始まっていないのかな」
「え?」
「……誰かに重ねるんじゃなく、君だけの物語だよ」
私だけの…?
天之橋理事長はそう言うと私にお薦めの書籍はあるかな?と言って、それを借りて出て行かれた。
「絵美!今の理事長じゃんか!どうしたの!?」
「…ちょっとね」
「うわー理事長自ら声かけに来るなんて…絵美ってばすごい」
「そんなんじゃないのよ」
チラリと視線を移せば、設楽くんと秋月さんは二人でノートを広げていた。
どうやら来週から始まるテストに向けての勉強会みたい。
設楽くんはすでにノートをペン先で叩いているから、もう心ここにあらずって感じだけれど。
「で……相変わらずだね。あの二人は」
「ふふっ、そうね」
「…あのさ、絵美」
「なぁに?」
メグは設楽くんと秋月さんを一瞥してから、カウンターに手をかける。
そして、じっと私を見つめた。
「……ローズクイーンのこともそうだけどさ、今回のこともいいアピールになったと思うんだよね」
「…え?」
「その…さ、言っちゃいなよ。好きって」
「……どうして?」
「あたし、教室で設楽くんと紺野くんが話してるの聞いちゃったんだ。あの二人…まだ付き合ってるわけじゃないんだよ?」
…それは私も知っていた。
はば学のカップルなら誰もがやっているネクタイとリボンの交換をしているのに…あの二人は未だに付き合ってないということ。
設楽くんと秋月さんは周りの誰もがどうして付き合ってないんだろうって思うくらい、想いあっているのに…まだ先に進もうとしない。
「そうね」
「そうねって…絵美、それでいいの?」
「もういいの…玉砕するの、わかりきってるじゃない」
「そんなの…わかんないじゃんか。絵美くらい美人で完璧なら設楽くんだって…」
やめて。
「そういうの…もうやめて、メグ」
「え…」
「私は…もうこのままでいいの。せめて…卒業までに彼に名前を覚えてもらえたらって思ってたけど…」
きっと、それも叶わない。
「そうやって…私に全部押し付けるのはやめて!私は…っ」
だって…怖いから。
叶わないのがわかってて、それでも勇気を出せるほど私は強くない。
「私はメグが実現できないこと、実現するためにいるわけじゃない!」
…言ってはいけないことを言ってしまった。
そう気付いた瞬間…メグはとても傷ついた目をしていた。
「…なに、それ」
「……あ」
それは聞いたこともないくらい震えて、低い…メグの声。
驚いて顔を上げればメグは下唇を噛み締めて、じっと私を睨んでいた。
…メグ?
「…絵美はそんなふうに、思ってたんだ」
「…あの、ご…ごめんなさい、メグ。私…っ」
「名前を覚えてもらえたらって言うけど、絵美は何にもしてないじゃんか」
「……っ」
「ローズクイーンになったって、何もできない。せっかく夢を掴んでも…それで何か変わったわけでもない。絵美は…何でもできるのに、何だって持ってるのにどうしてそんなに意気地なしなの?」
「…め、ぐ…」
痛い。
メグの言葉がとても痛かった。
だって、どうしようもないじゃない。
私は…今更そんなに大きくは変われない。
設楽くんに好きって伝えたところで…それを受け入れてもらえるわけない。
そんなことは…彼をずっと見つめてきた自分が一番よくわかっている。
設楽くんは秋月さんのこと、本当に愛してる。
誰よりも何よりも大切にしている。
彼の生きる意味になってる。
それを…今更私なんかが覆せるわけない。
「絵美は…ほんとに好きなの?あいつのこと」
「……え?」
「…あたしの方が」
「……っ」
「あたしの方が、あいつのこと好きだよ!絵美なんかより、ずっとずっと…ずっと好き!!!」
それはずっと気付いていたことだった。
だけど、気付きたくなかった。
だってそうでしょう?
彼女も私と同じ想いで…ずっと王子様とお姫様を辛い気持ちで見つめてた。
……そう、ずっと。
「……メグ」
「……っ」
図書室に響いたメグの声。
何事かとみんながこっちを振り向いた。
もちろん…あの二人も。
「…あたし、帰る」
「あ…メグ!!」
バタバタと音をたてて、メグは図書室を出て行った。
ざわめく図書室。
みんな…一体何事かと目を丸くしている。
「…行くぞ、桜」
「あ…待って!聖司先輩!!」
設楽くんはうるさくなってしまった図書室から逃げるように出ていく。
きっと、この雰囲気に乗じて勉強会を中断しようとしたんだろう。
出ていく寸前、設楽くんの香水が僅かに私の鼻先をくすぐった。
その、上品で少しだけ甘い…優しい香り。
追いかけてきた秋月さんの為に設楽くんは扉を開けて、彼女をエスコートして出ていく。
当然のように繋がれた…二人の手。
涙が…出る。
でも、それはどうして?
『泣かないで、篠原先輩』
何故か、あの日の東堂くんの声が耳に届いた。
「……っ」
涙が止まらない理由はメグ?それとも設楽くんと秋月さん?
わからない。
だけど…
「……私は、どうしたいの?」
そう問いかけても誰も答えてくれなかった―――――…
・
・
・
「あー!!やべえ!!さっきの数学ヤマ外れた〜〜〜〜!!」
「ヤマなんか張るもんじゃないぞ、鈴木」
「だってよぉ…」
「設楽、どうだった?」
「…え?」
とうとうテスト期間が始まった。
今日は化学と数学。
どちらも割といい出来だったと思う。
「お、めずらしい!設楽がテスト終わったのに勉強してる!!!」
「こりゃ明日は槍が降るな…」
「ああもう、うるさいな…なんだっていいだろ」
テストが終わると設楽くんはすぐに明日の教科の勉強を始めた。
こんなことは三年間同じクラスだった私も初めて見た。
なにかあったのかしら。
「この間の勉強会でも頑張ってたもんな、秋月さんも感心してたぞ」
「え!なになに!?設楽と紺野と桜ちゃんで勉強会してたの!?」
「…桜ちゃんって言うな」
「いいじゃんか、ヤキモチやくなって」
「そんなんじゃない!バカ!」
そんな微笑ましいやりとりを見ながら、私はそっと視線をメグに移す。
メグとは…先週のあの日以来ずっと話していない。
話しかけても、挨拶をしても無視されてしまって…私はそれ以来彼女と口をきいていなかった。
「やだー、それマジ!?」
「あはは、マジマジ!!」
「ね、テスト終わったらさ。みんなでカラオケ行こうよ!」
「さんせーい!」
…もともと明るくて友達も多いメグ。
わざわざ私と一緒にいなくても、彼女の周りには人が集まる。
……わかっていても、胸が痛んだ。
「お、なになに!?女子で遊びに行く計画?」
「そ、テスト終わったらみんなでカラオケ行くんだ」
「マジ?俺も混ぜて!」
「えーどうしようかな〜」
「いいじゃーん!もうじき卒業なんだし、クラスの親睦深めようぜ!」
「うーん…」
ノリのいい鈴木くんがメグ達女子の集団に入っていく。
するとメグが何か思いついたような顔をした。
「いいよ」
「やった!」
「え、メグいいの?」
「そのかわり…設楽くんと紺野くんも呼んでね!」
「げっ、マジ?」
「やだーそれいい!!」
「さっすがメグ!!!」
…メグ。
「うーん。紺野はともかく設楽は無理じゃね?」
「やる前から無理って言うな!」
「そーだそーだ〜!」
「ぐ、わかったよ。待ってろ…おーい!紺野!設楽!」
鈴木くんが設楽くん達に声をかける。
すると彼らは一斉にそちらを向いた。
メグが少し緊張した面持ちでそれを見守ってる。
「どうした?」
「なんだよ…大声で呼ぶな」
「テスト終わったらさ、みんなでカラオケ行かない?」
「はぁ?」
「えっ…」
「頼む!俺を男にしてください!!」
「嫌だ」
「そこをなんとか〜〜〜〜!!」
設楽くんは有無を言わさない。
紺野くんは渋々引き受けたみたいだった。
だけど…
「嫌だって言ってるだろ」
「いいじゃーん、楽しいぞ?絶対」
「楽しくない。楽しいわけがない」
設楽くんは頑なだった。
秋月さんがいるわけでもないのに設楽くんがあの集まりに参加することはないだろう。
わかりきってるとはいえ、私はその成り行きを見守る。
「なぁんだ。設楽くんってば、カラオケ苦手なんだ?」
「え…」
するとまるで挑発するみたいにメグが口を開いた。
突然のことに設楽くんを始め、全員がポカンとした表情でメグを見る。
「だってそんなに嫌がるんだもん。歌下手なんでしょ、苦手なんでしょ」
「…苦手って言ったか?言ってないよ、歌いたくないだけだ」
「だから、歌が下手だから歌いたくないんでしょ」
「歌いたくないだけだろ!聴いたこともないくせに勝手に決め付けるな」
「なによ!」
「なんだ」
けんか腰のメグと設楽くんを見て、きっと全員がハラハラしていたと思う。
だけど…私にはわかる。
…メグは今、すごく喜んでる。
大好きな設楽くんと話せること、会話していることに。
「………ふん!不愉快だ。俺は絶対に行かないからな!」
設楽くんはそう言うとどすどすと音をたてて自分の席に戻っていった。
メグは一瞬残念そうな顔をしたけれど、すぐにみんなに『ごめ〜ん』と言って場を盛り上げる。
…ねぇ、メグ。
それがあなたなりのアプローチ?
あなたなりに……彼の記憶に残ろうとしてるの?
「しゃーない、設楽くんがいなくても許してあげる!」
「よーし、んじゃ葛城と佐藤も呼んでいい?」
「いいよ」
「あ、んじゃさんじゃさ!!篠原も呼んでよ!おーい、篠原」
「え…?」
突然鈴木くんが私に声をかける。
私はびっくりして、呼んでいる本を慌てて閉じた。
「篠原もさ、一緒に…」
「鈴木!!」
「…な、なんだよ」
「……あの子はそういうとこ好きじゃないし、忙しいから無理だよ。無理に誘ったりしないで」
「あ、そ、そうなの?ごめんな、篠原!気にしないで」
「………え、えぇ…ごめんなさい」
少し不穏な空気がその場に流れる。
メグは…きっと私のことを許してはくれない。
……じりじりと痛む胸を抑えながら、私は設楽くんからもらった白蝶貝のブックマーカーを見て心を落ち着ける。
痛い…
胸はとてつもなく痛かった―――――…
「聖司先輩!」
「桜…」
テストが終わって、とうとう結果発表。
掲示板に順位表が貼られるのを待っていると秋月さんが駆けてきた。
「なんで来た」
「だって…赤点がないか確認しないと」
「見るな、いや見ないでくれ。帰れ」
「えー!だってズルするかもしれないじゃないですか!」
「しない」
「もう…」
秋月さんが不満そうに頬を膨らませる。
設楽くんはそんな彼女を見て、少し首を傾げる。
「なぁ…おまえ」
「設楽、秋月さん」
「あ、紺野先輩!こんにちは」
「テスト結果見に来たの?」
「はい!」
「俺は帰れと言ってるんだ」
「…だって、赤点がないか確認しないと」
「赤点がないと…何?」
設楽くんがしまったという顔をして慌てて会話を遮断しようとする。
「いや、別に何も…」
「聖司先輩のテストに赤点がなかったら、ご褒美になんでもひとつお願いを聞いてあげる約束なんです」
「へぇ〜…」
……紺野くんがにやりと笑う。
そうだったんだ。
だから設楽くん…ここのところ、ずっと……。
「どうりでここのところテストが終わっても、がむしゃらに勉強してたわけだ」
「う…うるさい!」
「へぇ〜!聖司先輩、頑張ってたんですね!」
「…別に」
設楽くんが耳まで赤くして、秋月さんから目を逸らす。
嬉しそうに微笑む秋月さんと照れる設楽くんを見て紺野くんも嬉しそうだった。
…紺野くんはとても喜んでる。
設楽くんの変化を。
…本当なら、私も心から喜びたいのに。
彼を好きだという気持ちがそれを邪魔している。
「いいから!おまえはもう戻れ!!」
「秋月さん、結果は僕が見届けるから」
「…わかりました。じゃあ聖司先輩、また後でね?」
「あぁ…」
彼女が去った後すぐに掲示板に順位表が貼り出された。
その結果は…
「紺野」
「何?」
「これは夢か?」
「…残念ながら現実だよ」
そんな会話を私は設楽くんと紺野くんのすぐ後ろで聞いていた。
二人はその結果を見て素直に驚いている。
だって…設楽くんの順位が前回のテストよりも格段に上がっていたから。
「愛の力だな」
「な、ば…バカ!!」
ズキズキと胸が痛んだ。
設楽くんは…一体秋月さんに何をお願いするんだろう。
どんなご褒美をもらうのかしらって。
「設楽初めてじゃないの?一つも赤点ないなんて」
「…ギリギリだけどな」
「で?なんでも聞いてもらえるらしいけど。設楽、何する気?」
「……べ、別に不埒なことなんかしないぞ」
「何も言ってないだろ」
「う、うるさい」
紺野くんは一位。
私は……三位だった。
苦手だって芸術の分野も今回は頑張ったから…この結果は素直に嬉しかった。
少しずつ…本当に少しずつだけれど、私だって変われる。
ううん、変わらなきゃ。
ねぇ、メグ。
『名前を覚えてもらえたらって言うけど、絵美は何にもしてないじゃんか』
私だって、頑張らなきゃダメだよね。
私は大きく息を吸い込んだ。
変わりたい。
変わらなきゃ。
ううん…変わる。
「お、おめでとう。設楽くん。すごいわね」
「え?」
やっぱり…震えた声だった。
弱々しくて、震えてて…か細い。
まるで怯えたような声。
それでも…私は精一杯振り絞った声だった。
設楽くんも紺野くんも私が声をかけたことをびっくりしているようだった。
怪訝な顔をした設楽くんはめんどくさいという表情で私を見る。
「どうも」
「篠原さんだってすごいじゃないか。また順位を上げたね」
「ありがとう、でもやっぱり紺野くんには敵わないな」
紺野くんが言葉をくれなかったら、きっと会話にもならなかっただろう。
ううん。これだって会話じゃない。
……設楽くんは小さくため息をつくとくるりと背を向け歩き出した。
「あれ、設楽?どこ行くの?」
「桜のとこ。順位見てきてやる」
どうしよう。
やっと声をかけることができたのに…それなのに……
やっぱり彼の目には私は映らない。
三年間…ずっと同じクラスにいた。
近くにいることができたはずなのに……こんなにも遠い。
「あ…設楽くん…!」
そう思ったら思わず声が出ていた。
そして、彼は面倒そうだったけど振り返ってくれた。
その吊り上がり気味の双眸にこの瞬間は…私の姿が映っているんだ。
そう思ったら……とてもとても苦しくなった。
「なんだ?」
だけど、その瞳は秋月さんを映すものとは全然違っていて…
「…う、ううん。なんでもない。ごめんなさい」
咄嗟に謝ってしまった。
それ以上…私は何も言えなくて、ただ去っていく彼の背中を見つめる。
「……篠原さん?」
「あ…な、なぁに?紺野くん」
「…あ、いや。なんでもないよ」
きっと、紺野くんは私の気持ちに気付いただろう。
ううん、とっくに気付いていたかもしれない。
「もうすぐ卒業か…」
「…そうね」
「篠原さんはどうだった?三年間」
「……どうって?」
「やり残したこと、とか…」
掲示板に貼りだされた成績表を見つめて、私は思い返す。
むしろやり残していないことを探す方が難しい三年間だったかもしれない。
…私の場合は。
「…いっぱいあるかな」
「そうか…」
紺野くんはそれ以上何も言わなかった。
私も何も言えなくて…
私は紺野くんはなんだか自分に似ていると思っていた。
だけど…それはたぶん違ったんだと思う。
きっと紺野くんは…後悔しないように毎日みんなの為に頑張っていた人だから。
「紺野くんはすごいわ」
「え?」
「……私もあと少し、頑張ろうかな」
何を、とは言わない。
「おーい!紺野!行くぞ、カラオケ!」
「え?あ…わかった!今行く!!……篠原さんは行かないの?」
「えぇ。この後、編集さんと打ち合わせがあるから」
「そっか…小説、出たら絶対に読むよ」
「ありがとう。それじゃ」
「うん。またね」
紺野くんと別れて…私は教室に向かう。
今頃向こうの校舎では設楽くんと秋月さんが一緒に過ごしている。
ねぇ、東堂くん。
私ね…今日少しだけ勇気を出したの。
…頑張ってみたのよ。
彼には…煙たがられちゃったけど。
「…急がなくちゃ」
教室で帰り支度をして、私は待ち合わせ場所へと急いだ。
・
・
・
私の担当になってくれるという人とは藍沢先生と何度か来た喫茶店で落ちあうことになっている。
私は足早に店へ向かった。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ…いえ、あの。待ち合わせで…」
「篠原先生」
「あ…」
私が店内に入ると、それに気付いて立ち上がった人がいた。
涼しげな目元、かっちりとしたスーツ姿に洗練された身のこなし。
…この人は藍沢先生の………?
「時間どおりですね。さ、どうぞこちらへ」
「は、はい…」
テーブルについて私はホットコーヒーを頼んだ。
この店自慢のブレンドコーヒー…藍沢先生のお薦めだった。
「先日は電話で失礼いたしました。正式に篠原先生の担当をさせていただくことになりました。小野原と申します」
「…は、はい」
東堂くんに会いたいと本屋さんで泣いてしまったあの日…私の携帯にかかってきた一通の電話。
それは私の小説がはばたき文学賞を受賞したという知らせだった。
…この人が、電話をくれた人だったんだわ。
「授賞式では仕事で参加できませんでしたので…改めてご挨拶をしたかったのですが、先生はまだ学生でいらっしゃいますものね。こんなお時間にすみませんでした」
「いえ。わざわざありがとうございます」
「連載作品のプロット…読ませていただきました。まだ荒いところもありますけれど、先生の書きたいものはわかりました」
「……はい」
「その件については来週編集部で決定したことを元にすすめていただくとして…」
てきぱきと仕事をこなす小野原さんはとてもカッコよかった。
仕事のできる女性…彼女の第一印象通りだった。
温かいコーヒーを少しだけ冷まして、私は一口飲む。
私の物語を読んで…それを導いてくれたのは、いつも彼だった。
『君が夢を実現することをそいつも望んでるんじゃないか?』
東堂くん…私達の小説が、賞を取ったのよ。
夢の実現…あなたが応援してくれたように…ようやくその一歩を踏み出したの。
でも、あれは私だけの作品じゃない。
私達の作品…そうでしょう?
「書籍化する『恋つぼみ』のことですが…表紙案がいくつかありますので、先生にも選んでいただきたくてお持ちしました」
「ありがとうございます」
差し出されたいくつかの表紙案。
彼なら…どれがいいって言ってくれるかしら。
あなたにお礼を言えるチャンスだった。
それなのに…私からあなたにメールすることができなくて。
数日経ってから、ようやく返信したメール。
だけど…それは届かなかった。
あなたはメールアドレスも電話番号も、変えてしまったから。
私が勇気を出さなかったばっかりに…あの文化祭のメールを最後にあなたとの繋がりを失くしてしまった。
このままじゃ…ダメ。
設楽くんのことも、東堂くんのことも…私なりにけじめをつけなきゃ。
「それから…あとがきを書いていただけなければなりませんので、こちらも…」
「あの!」
「はい?」
『先輩の小説を書店で見かける日を楽しみにしています』
きっと…この方法しかない。
あなたに私が伝えたいことを伝えるには―――――-…
「……あのお話の…エピローグを、書かせてもらえませんか」
もう、この方法しかない。
・
・
・
次回は冬休み突入!クリスマス辺りと新学期です\(^o^)/
終わりが近づいてきたなあ…
一応30話完結予定です。
津波☆彡



